「てやっ!」 唸り上げた声と一緒に、俺は剣を力いっぱい振り下ろすと目の前の生物は真っ二つになった。 300という数字が表示されると、その生物は地面に飲み込まれるように姿を消していた。 これでラストの三匹目。だいたいの敵は一掃したはずだ。 「ファイヤ!」 近くからは、背表紙のついたぶ厚い本を片手に呪文を唱える少女。どこかのページを開いているらしい。その声と共に、本からは火炎放射器のような炎が勢いよく噴出している。 そして、その先では、炎に身を焼かれながら断末魔の悲鳴を上げて、倒れる生物が四匹。 600、597、620、630という数字と共に、その生物も炎に飲み込まれるように姿を消していた。 「孝之くん、片付いたよ」 俺のほうに振り返って微笑みながら、少女は本を閉じていた。 目の前にいる少女は遙と言い、俺の彼女である。 赤みがかった茶色のセミロングの髪型。そして左右には、三つ編みの短いお下げをピンクのリボンでかわいらしく結んでいる。 それに顔はタレ目なせいか、まだあどけなさが残っていて、照れた表情なんかが特にかわいい。 そんな遙の格好は、制服やノースリーブの水色のワンピースではなく、全身を黒いローブでまとったかなり地味なもので、腰には護身用の細身の短剣を装備している。 ちなみに俺も、白い服の上からミスリルアーマーという硬いけど軽い金属の鎧を身に着けて、腰には長剣を下げていた。 俺が今いる場所は、どこかの森の中だった。そこをさまよっていると、キングスライムのような大きな生物が三匹と、銃で武装したゾンビが四匹待ち構えていて、目があった瞬間、突然俺達に襲い掛かってきた。 とりあえず、近距離戦に有利な剣士の俺はスライムを、遠距離攻撃に向いている魔道士の遙は、炎に弱いゾンビをそれぞれ相手にしていた。 そんな俺達のコンビネーションは、最高といってもいい。 そして、俺の近くには20という数字が空間に浮かび上がり、遙の近くにも34という数字が浮かんでいる。これは、RPGでいうところの敵を倒した後に出る経験値を表示しているのだろう。しばらくすると、その数字は空間からすっと綺麗に消えていた。 でも、どうして俺たちがこんなRPGみたいなことをリアルにやっているのかといえば、それには理由がある。 『どうやら、実戦には慣れてきたみたいだね』 突如、上空のほうからマイクで話したようなエコーたっぷりの声が聞こえてきた。もちろん、これは俺でも遙の声でもない。 「もう! お父さん! いつになったらこの世界から抜け出せるの? 今日は孝之くんに大事な用があるんだからね!」 『ハハハ、私はお父さんではない。天の声と呼びなさい』 「はぁ、これじゃ、せっかく作った料理が冷めてしまうよ……」 ため息をついて呆れながら、遙はこの世界に入り込んだことに嫌悪感を感じているようだった。 『それじゃ、戦いに慣れてきたところで、そろそろ中ボスを出すとしようか?』 「はいはい、早くしてよね」 そう言うと遙は、魔法書を開いて戦闘準備に入っていた。 俺は、剣を構えながらもさっき遙が言っていた料理という言葉が気になっていた。 そういえば、この世界に入る前に遙が持ってきたバスケットって俺のために作った料理なのか? 中ボスとやらが現れるまでの間、俺は今日の朝からの出来事を鮮明に思い起こしてみることにしていた。 昨日はゲームで徹夜していて、実は寝ていない。 RPGのゲームで最後のボスに倒されて、何回もこのゲームオーバーを体験していた。 時刻はもう午前十時。その頃になると、俺に残っているのは怒りだけだった。俺は、このやりきれないムカムカした想いを何かにぶつけたくて、コントローラーを床に叩きつけていた。 そんなときに、電話が鳴ったので出てみると遙の声だった。 付き合い始めて、二週間しかまだ経っていない俺の彼女だけど、遙のかわいくてどこか優しい声を聞くと、それだけでさっきまでの怒りなんかもどこかに吹き飛んでしまいそうだった。 「どうしたの?」 「うん、ちょっとね、お父さんが孝之くんに会いたいらしくて……」 「え?」 俺は、その場で固まってしまった。 遙のお父さんが会いたいって、それはいったいどういうことなのだろうか。もしかしたら、この前までお互いの考え方のすれ違いで俺達の関係が危うくなっていたことが、遙のお父さんにばれて、それで…… いや、そのことについては解決したんだから、そうじゃないはずだ。 「孝之くん? もしもし、孝之くん?」 遙の声で、俺は現実へと引き戻されていた。 「あ、遙、何なのですかな?」 「孝之くん、大丈夫? 言い方が少し変だよ」 「だ、大丈夫、大丈夫」 「えっとね、お父さん大学教授をしていてね、で、何か新しい装置を作ったからモニターになってくれって言われて」 「あ、そういうことね」 俺は心の中でため息をついた。 よかった。遙のことだと思っていたから、さっきまで俺の心の中は、緊張しまくりだった。まるで、生活指導の秋田から呼び出しを喰らった後のように。 でも、ちょっと待てよ。 「どうして、俺なんかが。それに、俺は遙のお父さんに会ったこともないのに……」 「それがね、私が付き合っているっていう話をしたら、お父さんがぜひ孝之くんもって言うからね。何でもその装置はね、恋人同士じゃないとダメなんだって」 「へぇ」 よくわからないけど、恋人同士で使う装置というのに興味があった。モニターなんだから、そんなに時間もかからないだろうし。 「それでね、一緒に白陵大学まで来てくれないかなって思って電話したんだけど」 「うん、今から行くよ」 「それじゃ、十一時に駅前ね」 本当は今すぐにでも寝たかったのだが、遙の誘いとあっては断るわけにもいかない。洗面所に取り付けている鏡には、寝ぼけ眼の俺の顔がしっかりと映っていた。俺は、遙にそんな顔を見せるわけにはいかないので、鏡の中の自分とにらめっこしながら、頬を叩いて気合を入れることにしていた。 白陵大学といえば、俺と遙が狙っている大学だった。 だから、今日は大学の下見という意味もある。 受験生なのに徹夜でゲームをしている俺も俺だが、遙とのつきあいも大切だ。 駅前で待ち合わせをした遙は、いつもの水色のワンピースでやってきた。夏の照りつける太陽に涼しい色の服を着た遙が溶け込んでいるみたいで、思わず暑さを忘れてしまいそうな程に、かわいらしかった。 そんな遙は、手にはバスケットのようなものを持っている。 何だろうと思って聞いてみると、遙は秘密と言うだけで中身については教えてくれなかった。 そんな中で、大学にたどり着いた俺たちは、早速遙のお父さんがいるという研究室に向かった。電車の中で遙から聞いた話では、お父さんは物理学の研究をしているらしい。今回、俺達がモニターとして、協力する装置というのは、物理学の分野だけでなく、情報工学や機械工学や心理学、精神医学、脳神経医学とも連携して開発したという巨大プロジェクトの一環らしい。 緊張した面持ちで、俺たちは研究室の前へと来ていた。遙はドアをノックをすると、奥から年配の男の声が聞こえていた。 緊張したまま、俺たちは研究室へと入った。 中はクーラーが効いていて、入った途端に冷たい風を感じていた。でも、部屋全体はかなり狭く、俺の部屋ぐらいの広さに本とかの資料やら、新聞の切り抜きやらのスクラップ記事の冊子が机に山ほど置かれていて、側にはたくさんのコードが繋がったカプセルのようなものが二つある。 この人一人分が入れる大きさのカプセルがその開発した装置なのだろうか。俺は、どう見ても何人もの人が関わって作ったようにはとても見えなかった。 そして、研究室にいるのは、男が一人だけ。もちろんその人は、遙のお父さんである。 「暑い中、ご苦労だったね。初めましてかな、鳴海くん。君のことは遙からよく聞いているよ」 そう言うと、遙のお父さんはにっこりとした笑顔を俺に見せた。 遙のお父さんはとても温厚な人柄のようで、俺の姿を見ても、遙は渡さんという表情をした嫌な顔をすることはなく、むしろ歓迎されているようだった。 「は、はい。あ、あの、は、遙さんとは、と、とても大事にお付き合いさせてもらっています」 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。まぁ、適当にかけてもらえればいい」 「は、はい」 遙が空いている席に座っているのを見て、俺も彼女に倣って空いている椅子に緊張したまま座った。そのせいか、自然と自分の両手は膝の上に乗っている。 遙のお父さんのほうは、胸のポケットからタバコを取り出して、ライターで火をつけている。その仕草がとても紳士的だった。 「さて、今日来てもらったのは、これのモニターを君達にやってもらいたいわけだ」 一服した後で、お父さんは下を指差しながら話しかけていた。その先には、人が一人分入れるスペースのカプセルがある。これはさっき、俺が部屋に入ったときに見たものだ。 「もしかして、このカプセルみたいな物に入るの?」 「うむ、そういうことになる。君達には、恋人コースというのを一通りやってもらおうと思っているんだが……」 遙のお父さんから聞いた話では、このカプセルは一言で言うと「好きな夢が見れる装置」らしい。将来的には、トラウマを持っている人の精神治療や、家庭用ゲーム機みたいに一般発売をする計画もあるようだ。 人間は寝ているときにレム睡眠とノンレム睡眠というのがあって、一時間半ごとにこの二つの周期が交互に続いていくことで睡眠が成り立っている。そして、脳は起きている状態の、いわゆる浅い眠りのノンレム睡眠のときに人間は夢を見ているわけだが、このときに人間の意識にアクセスして、見たい情報を意識下に刷り込ませることによって好きな夢を見れるようにしているらしい。 わかりやすく言えば、この装置は一種の催眠音波のようなものを出しているらしく、その音波が人間の脳と共鳴することで可能にしているようだ。 そして、俺と遙が入ることになるカプセルには、それぞれケーブルのようなコードが繋がっている。こうすることによって、二人の意識を一つの場所に集めることができるので、同じ夢を二人で見ることができるといった意識の共有ができるらしい。インターネットゲームと同じようなものなのだろう。 お父さんが淡々とそう説明するのを聞いて、人間の科学の進歩ってすごいと改めて思い知った。 見ることができる夢はあらかじめ決められているらしく、今回はRPGのキャラになってラスボスを倒すところまで行くらしい。ただモニターなので、短縮コースになっている。 実は、さっきまで俺はRPGのゲームをやっていたから、今度は夢の中でもゲームをすることになるみたいだ。でも、遙と一緒だし、興味はあった。 ふと隣に座っている遙を見ると、ちょっと心配そうな表情をしていた。モニターになるのを戸惑っているようなそんな感じだ。 「どうした、遙?」 お父さんは、タバコを灰皿に置いてそう尋ねた。 「こ、これ大丈夫なのかな? 夢の中に入ったまま戻れなくなったりとかしたら……」 「大丈夫だよ。基本的には普通に夢を見ているのと同じだからね。それに、鳴海くんも一緒にいるんだから」 お父さんは、視線を俺のほうに向けてウィンクをしてみせた。 俺は、それを見てただ苦笑いをするしかなかった。 カプセルの正式名称は、DMという。とはいっても、ダイレクト・メールの略ではなく、ドリーム・マシーンの略だそうだ。かなり、安直なネーミングである。 俺たちはそのDMの中に入っている様々なコードのようなものを頭や腕、胸に取り付けられていった。頭は脳波、腕は脈拍、胸は心電図を調べるための物らしい。集めたそのデータは別室にある専用の医療機械でデジタル化されて、パソコンに送信される仕組みになっている。 服はそのままで、俺と遙は、そのDMに寝転がる。中は涼しいので、快適でかなり心地いい。 『遙と鳴海くん。私の声が聞こえているかな? 君達が寝転んでいるDMには、今脳が心地よくなるα波が出やすい電波を流しているから、かなり気持ちよくなってると思う。しばらくしたら睡眠音波が流れるから、目覚めたときにはもう夢の中だよ。そして君達の話し声は、寝言として私には聞こえているから、夢の中にいるときに疑問があったらいつでも私に聞いてくれたまえ。夢の中に入ったと判明したら、また連絡する』 カプセル中に響くようなエコーの混じる声で、お父さんはそう説明した。 そして、しばらくすると遙のお父さんが説明した通りに、俺に睡魔が襲ってきた。さっきまで、遙のお父さんに会ったことで緊張して目がずっと冴えていたのに、急に眠気を感じていた。 そのまま俺の意識はだんだんと落ちていった。 「う、うん……」 俺が目覚めるとそこには今まで見たことのない世界が広がっていた。 周囲は森で囲まれ、俺は狭い平地のようなところにいる。周りはコンクリートではなく土になっているようだ。 とりあえず身を起こし、周りを見ると側に遙が寝ていた。その寝顔がかなりかわいい。 でも、遙は全裸だった。 「う、うわわわわっ!」 意味不明の奇声を上げながら、すぐに俺は遙から目を背けた。 遙が全裸ということは……俺は恐る恐る下を向いてみた。 やはり、俺も全裸で下半身が剥き出しになっている。唯一身に着けているものといえば、左腕についている腕時計くらいである。もちろん、俺が元々身に着けているものではない。そこには、十一時四十分と時刻が表示され、周囲には三つのボタンが取り付けられていた。 「う、うん……」 背後から、遙の声が聞こえていた。 「ここは……どこ? 私は……きゃあ! ど、どうして裸になってるの?」 『ようこそ、DW(ドリーム・ワールド)の世界へ!』 空のほうから、遙のお父さんの声が聞こえてくる。 「お、お父さん、どうして裸なの? も、もしかして、孝之くんもは、は、裸?」 遙は全裸なので、俺は背後を振り向けないが、彼女の顔はかなり赤くなっていることだろう。 『私はお父さんではない、天の声と呼びなさい』 「もう、こんなところで冗談はやめてよ!」 『うむ、雰囲気を出すために言ってみたのだが、乗ってはくれなかったか……今、君たちの意識だけを夢の世界へ送り込んだわけだから、衣装までは送り込むことはできないようになっているんだ。だから、君たちは裸というわけだ』 「それで、どうすればいいの?」 『左腕に腕時計がついているはずだが、そこの一番左のボタンを押しなさい。ちなみに、表示されている時刻は元の世界と同じになってるがね』 俺は、遙のお父さんの言う通りに一番左のボタンを押した。すると、空中にパソコンの画面のようなものが現れた。 「こ、これは……」 画面には、自分の名前やHPやMP、装備品のような基本データが示されていた。自分の名前は鳴海孝之になっていて、HPは590、MPは0、装備品は――となっている。デフォルト(初期値)で、HPが590は高すぎではないかと俺は思った。 すぐ下には遙の名前などの基本データも表示されている。俺と遙は一つのパーティーとなっているようだ。遙のHPは390と俺より低めだが、MPは510となっている。 『左下にジョブチャンジというボタンが画面に出ていると思うから、そこを押してみなさい。画面はタッチパネルになっているから、そのまま押しても大丈夫なはずだよ』 俺は言う通りにすると、画面にたくさんのジョブが表示されているのに気づいた。剣士や魔法剣士、魔道士や賢者、神官、僧侶のようなものがイラストつきで示されている。 『そこから、自分のなりたいジョブを選びなさい』 とにかく、俺はそこからいろんなジョブを眺めていた。MPが0だから、魔法剣士や魔術師は選べないようになっていたので、剣士を選択する。さっきまでやっていたRPGでも、剣士の活躍でラスボスまで行ったのだから、その職業になって、遙を守ってあげようと思っていた。 そう考えて剣士のボタンを押すと、突然俺の全身が光始めた。眩しくて目を閉じる。すぐに光が収まったので、目を開けると俺はいつの間にか衣装を着ていることに気づいた。 俺の体は、布の服の上に金属の鎧を身にまとい、腰には長い剣のようなものをぶら下げている。でも、服を着ているという感覚はなかった。試しに剣を鞘から抜いてみても、その重みや感触というのも俺の手には伝わってはこない。 まぁ、夢の中だから、当たり前なのかもしれない。 「た、孝之くん……もう裸じゃないから、こっち向いても大丈夫だよ」 背後から遙の声が聞こえる。遙のほうを見ても平気ということは、俺と同じようにジョブチェンジをしたのだろう。遙がどんな職業を選んだのか気になった俺は、そのまま後ろを振り返った。 遙は頬を赤く染めて、俺を覗き込むように見つめている。遙は全身に黒いローブを羽織っていて、中からは白い布の服のようなものが見えていた。でも、全身はローブで隠れるので、かなり地味だ。 「魔道士のジョブを選択したんだけど、ど、どうかな?」 片手で細身のステッキのようなものを握り締めて、遙は尋ねた。 「あ、ああ、魔法使いという雰囲気がよく出てるよ」 とりあえず、当たり障りのないことを言っておく。 『二人とも、ジョブチェンジはできたようだな。何か感想はないかな?』 空の彼方から、また遙のお父さんの声が聞こえてくる。 「え、えっと、服を着ている感覚というか、剣を持っても重みがないというか……そんな感じがします」 『DMのデータをそのまま意識に貼り付けただけだからな、感覚がないのは当たり前だよ。でも、リアリティーの追求としてそういう感覚を入れるのも必要だな。遙は何かないか?』 「え? えっと……」 突然話を振られたせいか、遙はステッキをぶんぶん振りながら、しどろもどろになっていた。 「今は特に……」 『そうか、よし、それじゃ、恋人コースの概要を説明しよう。ついでに戦い方もな』 そして、遙のお父さんは説明を淡々と話し始めた。 今いる場所は、魔物も襲ってこない休憩場、いわゆるセーブポイントのようなところだ。このゲームをするには、ノンレム睡眠の間の一時間半しかできないので、その続きができるように作られたものらしい。 その状態で休憩場を抜けて、森の中を進んでいくとモンスターが襲ってくるので、剣士の俺は剣を振り下ろす仕草を、魔道士の遙はステッキか魔法の書と呼ばれてる本を手に呪文を唱えると、その魔法が扱えるようになるらしい。 その後、森を抜けると今度はその森を守る主が現れる。これが中ボスと呼ばれているものだ。その中ボスを倒した後で、今度はラスボスがいる城へと行けるので、そのボスを倒すとゲームクリアになる。 また、戦い慣れするように森の中でモンスターと出会ったら対戦するようにしたほうがいいと遙のお父さんは教えてくれた。戦いは俺たち二人が攻撃した後で、モンスターも反撃してくる。やられても痛みは感じないが、HPが減っていくので、それが0になるとゲームオーバー……にはならない。 王のいる場所に連れて行かれて「おお、○○よ、死んでしまうとは情けない」と言われて元いる場所に生き返ってくるらしい。 はっきりいって、某ゲームのパクリである。版権取っていないかもしれないので、一般発売したときは大丈夫なのだろうか。 ただそのときのHPは1なので、早めに回復させないとまた0になってしまう可能性がある。 『そういうわけだが、今回はモニターとして参加しているわけだから、何か気づいたことがあったら何でも言ってもらいたい』 遙のお父さんは一通り説明を終えると、タバコを吸っているのか軽いため息をついていた。 「わ、わかりました」 少し緊張して俺は応えた。 「ところで、魔法の書というのはどこにあるの?」 『あ、アイテムの説明を忘れたな。どうも、私はこの手のゲームは苦手でね。ゲームの案を出してくれた助手も一緒に連れてくるべきだったかな? あ、すまんすまん。まずは、さっきの腕時計の一番左のボタンをもう一度押して、画面を消してもらいたい。ボタンは画面の開閉しかできないからね、もう一回ボタンを押すと画面は自動的に消えるはずだ』 俺はボタンを押す前に、さっきの画面を確認するとジョブ一覧が表示されている画面ではなく、俺の名前の横に「職業:剣士」となっていた。遙の名前の横にも「職業:魔道士」となっている。 その表示だけがあるのを確認した俺は、腕時計の一番左のボタンを押した。 「画面は消したよ」 『そしたら、次は真ん中のボタンを押してみなさい。今、君たちが持っているアイテムが表示される。もちろん、私がデフォルトで用意したものだけどね』 俺は真ん中のボタンを押した。すると、画像つきでアイテムが一覧にざっと表示されていた。エリクサーやコテージといった俺が徹夜でやったゲームの中に出ていたアイテムがいくつかある。その中には、遙が使うと思われるファイヤの書やサンダーの書という魔法書もいくつかあった。 『もちろん、これもタッチパネルになっているから、画面を手で選択するとアイテムは手に持つことができるし、装備品も変えることができるよ。アイテムの効果は知ってるかな?』 「は、はい。大丈夫です。でも……遙は……」 俺はそう言って遙のほうに視線を向けた。そういえば、遙ってこういうゲームをやっていなさそうだからだ。 「あ、だ、大丈夫だよ孝之くん、私は茜からこういうのいろいろと教えてもらっているし、それにこういうゲームたまにやってるから」 「そ、そうなんだ」 「エリクサーは毒を受けたときとかの変化異常やHP、MPを回復する薬で、コテージは宿屋に泊まったときと同じ効果があるんだよね」 『そ、その通りだ』 遙のお父さんは少し驚きながら答えていた。たぶん、お父さんも遙がRPGをやっているとは思わなかったのだろう。 『もう一つの腕時計のボタンは、自分の装備品を確認したり、相手に装備品を無理矢理装備させたりすることができる機能だ』 俺がそう思っていると、次の遙のお父さんの説明が始まっていた。 試しにそのボタンを押してみると、俺と遙の装備品の情報が表示されていた。俺の装備品は、布の服とミスリルアーマー、そして、武器はエクスカリバーとなっている。 え? エクスカリバーってあの聖剣の…… 改めて自分の腰にぶら下げている剣を見つめてみた。これが聖剣……というより、なんでデフォルトでいきなり聖剣が…… 「た、孝之くん……」 俺が動揺しているのがわかったのか、遙がどこか心配するような声をあげた。 『ん? どうかしたかね、鳴海くん』 「あ、あの、エクスカリバーって聖剣ですよね?」 『ん? ちょっと待ってて。今、手元に資料が……』 遙のお父さんも武器については把握していないらしい。 『ああ、確かに聖剣だな。モニターだから途中からの設定になっているんだよ。実用化されたら、武器屋で装備品を買い、どこかの地に突き刺さっているエクスカリバーを抜くイベントを作るようにするがね』 「そ、そういうことですか」 遙のお父さんの説明を聞いて、何か納得した。途中からの設定になっているからHPが高くなっていたり、聖剣を持っていたりするわけか。 「大丈夫だよ、ちょっと驚いただけだから」 遙と目を合わせて、少し微笑んでみた。彼女もそれで安心したのか、かわいい笑顔を返してきてくれた。 そして、もう一度画面のほうに視線を戻すと、攻撃力が80とか素早さが70とか防御力が60とかパロメーターのようなものも表示されていた。 遙のほうも、装備品が魔法防御のローブ、布の服、魔道士の杖となっていた。さすが、魔法防御のローブを装備しているせいか、防御力は最高値の99になっている。 ふと遙の装備品一覧が表示されているそれぞれの横には、「使い方を読む」と「交換する」という表示がある。試しに武器の装備品の横に表示されているそのボタンを押すとアイテム一覧が表示されて、「この中から交換したいアイテムを選んでください」とある。 物は試しということで、遙の武器である魔道士の杖をファイヤの書に変えてみた。 「きゃ!」 遙のほうを見ると、かわいい悲鳴とともに、さっきまで持っていた杖が魔法書に変わっていた。相手の装備品を無理矢理変えることができるとはそういうことなのだと実際にやってみるとわかりやすいものである。 「これ、もしかして孝之くんがやったの?」 遙は本を片手で持ちながら、頬を赤く染めている。 「あ、ご、ごめん。今すぐに元に戻すから」 「いいよ、このままで。私、どういう魔法を覚えているのかわからないから、魔法書のほうがわかりやすいし」 「遙……」 もしかして、俺に気を使っている? 『武器や魔法の使い方は、その武器の横にある使い方を読むを読んだらわかるはずだから』 俺は、武器の使い方を知ろうと、エクスカリバーの使い方を読んでみた。そこには、「倒したい敵に直接武器を振り下ろすか、そのまま突くかすれば、ダメージを与えることができます」とある。 ちなみに、遙が装備しているファイヤの書の使い方も読んでみた。すると、「適当に書物のページを開いて、精神を集中して、開いた本を敵に向けて、ファイヤと唱えると本から炎が噴出し敵に向かいます。炎に弱いゾンビ系や植物系の敵には大ダメージを与えることができますが、炎に強いメカ系の敵にはあまりダメージを与えることはできない場合があります」とある。 『じゃ、説明も終わったところで、早速森を抜けて欲しいんだが……』 遙のお父さんに促されたこともあってか、俺は画面を閉じて遙のほうに向き直った。 「行こう、遙?」 「う、うん」 遙は、ローブの隙間から手を出し、俺の手を握ってきた。手を繋いでいきたいということだとすぐにわかったので、俺も手を少し強く握ってみた。 「ありがとう、孝之くん」 こうして、俺たちは森に入って戦いを始めることになった。 でも、そんなに甘くなかった。 敵はすぐに倒すことができたが、何十分歩いても森の出口というのが見つからないのである。 腕時計に目をやると十二時半。もう五十分は森の中をさ迷い歩いている。 遙のほうは何やらソワソワし始めているのに気づいた。 「遙?」 「え? あ、ごめん。ちょっと考え事」 そんな遙の様子を心配していると、キングスライムが三匹、ゾンビソルジャーが四匹が襲ってきたのだった。 『それにしても、二人のコンビネーションは抜群だな。今、中ボスのデータを出しつつこれまでの戦闘データを集計してみているけど、君たちは三つ目の協力型に当たるかもしれない』 遙のお父さんが中ボスを出すと言った後で、突然説明を入れてきた。 「協力型?」 聞き返したのは、遙だった。 「心理学の教授の説明では、恋人コースを行った場合、カップルは三つの行動のどれかを取るらしいんだ。一つ目は男が仕切るタイプの関白型、逆に女が仕切るタイプの姉さん女房型、そして、カップル同士がお互いに協力し合う協力型。教授によると、この協力型のタイプのほうが理想のカップルとしては最適だという見解だ』 「へぇ〜」 それじゃ、俺達は理想のカップルってことなのか…… 「孝之くん……」 遙のほうも、書物を持って俺のほうを向いたまま、頬を赤く染めている。その姿が意外にかわいかった。 『よし、移動完了。今から出すのは、この森の番人をしている中ボスのベリアル。植物が互いに何個も集まってモンスター化したものだ』 「きゃあ!」 お父さんの説明が言い終わると同時に、俺達の目の前から、巨大な緑色のモンスターが地面から噴出すようにして現れた。目はないようだったが、明らかに俺達を見ているのはわかった。 「孝之くん、ここは私に任せて。植物は炎に弱いはずだから」 遙は魔法書のページを開いて、精神を集中させていた。 「ファイヤ!」 その声と同時に、勢いのいい炎が中ボスに向かう。 そして、中ボスは悲鳴を上げながらも自分の枝で自分の体を叩くようにして炎を消していた。植物でありながら意思を持っているモンスターだ。さすが、中ボスというだけのことはあるらしい。 その後で表示されたダメージは600だった。 続いて俺も聖剣で500のダメージを与えた後、その中ボスは俺の体をきつく締め上げて100のダメージを受けながらも、こういうことを十回くらい繰り返して何とか倒すことができた。 回復はHPがギリギリになるまで持ちこたえて、エリクサーで行った。残りのエリクサーは十個。 残りはラスボスだけだから、十個もあれば充分だろう。 『うむ、中ボスは倒したようだな。次はラスボスだけなのだが、その前にこれを見て正直な感想が欲しいのだが……』 そう言うと、俺達の視線の先にさっき倒したはずの中ボスが現れた。 「お、お父さん、どういうことなの?」 『ベリアルは仲間にして欲しそうにこちらを見ている。仲間にしますか?』 お父さんのナレーション付きで、目の前には自動的に画面が現れ、はいといいえを選択するボタンがある。 これは、俺が昨日ゲームをしていたときにも出ていた機能である。 「こ、これはちょっとね、孝之くん……」 遙は呆れた視線をこちらによこした。 「うん、そうだな」 もちろん、俺も遙と同じだった。中ボスを仲間にするというのも何か変な気分がするからだ。 『そうか。では、これはどうだろう?』 今度は中ボスの姿が消えて、骨付き肉のような物がいくつか転がっているように見えた。 『ベリアルの肉が落ちている。食べますか?』 これも昨日やったゲームにはなかったけど、某ゲームであった機能である。 もちろん、俺も遙も却下した。森の雑魚キャラの肉ならともかく、中ボスの肉というのも何だかなという気持ちがあった。 「うむ、却下か……」 遙のお父さんは、ため息をつきながらそう答えた。 『じゃあ、遙と鳴海くん。この肉を食べてくれないか。モニターとして確かめたいところがあるから』 「え?」 俺と遙は同時に声を挙げた。 『うむ、このモンスターの肉はMPがあるキャラにしか効果はないからな。剣士の鳴海くんが食べたところで何も変化は起きないはずだから、そういうことも含めてそれを確認したい』 「わ、私が食べたらどうなるの?」 『それはちょっとわからないな。遙は水の属性で、ベリアルは土の属性のモンスターだから、愛称はいい変化がおきるはずだよ。例えば、土の属性から攻撃を受けてもダメージに強くなったり、土の属性の能力を引き継ぐことができるみたいだから』 「そうなの?」 俺は、森に転がっている骨付き肉をひとつ拾ってみた。見た目は普通の肉だが、臭みのようなものはないし、骨の部分を触ってみても、感触はなかった。 俺はそれをそのまま口の中に運んでみる。感触はないので、味や舌触り、食感、固さなんかはもちろんわかるはずがない。 遙は俺が食べているのを見て、恐る恐る肉を口の中に入れていた。 モグモグと口を動かしていると突然遙の体が光り始めていた。 「え? な、何なの?」 まぶしくて、目を細めていたら、今度は遙の体が変わっていっているような気がした。 某ゲームでは、人間が倒したモンスターの肉を食べるとその人間が獣人になるというのがあるが、そういった変化が起きているのかもしれない。 しばらくすると光は納まってきたが、俺は遙の姿を見て驚いた。 体型や顔は今までと変わりはないのだが、さっきみたいな黒いローブではなく、白いノースリーブのワンピースを着ていて、背中には二対の翼、そして頭上には金色に光り輝く輪のようなものが浮かんでいる。 一言で言うのであれば天使である。 でも、そんなことよりも一番目を引いたのは、胸からこぼれんくらいに溢れた爆乳だった。 「え? い、いったい何が起きたの? え? え? 服が変わっている……」 遙だけが自分の状況をわかっていないようだった。 『うむ、データだけを見たところ獣人になってしまったようだな。これはバグだな、直しておくように言わねば』 「ちょ、ちょっと、何が起こったの? 獣人って何?」 俺はすぐに腕時計のボタンを押して、遙のデータを確認してみた。HP、MPには影響は内容だが、職業の欄が魔道士から天使に変わっていた。攻撃力も防御力も魔道士のときよりも半分以上下がっている。武器は持てるようだが、特殊能力という項目が別にあることに気づいた。その特殊能力は、羽ばたきと光の浄化とある。 能力の説明を見ると、羽ばたきというのは飛ぶことができる能力のことで、光の浄化は実体のない幽霊とかのモンスターを消滅させる威力を持つ。 『ちょっと待ってなさい!』 すると、俺達の前に画面のような物が現れている。 『これは鏡だ。説明するよりも実際に見たほうが早いだろう』 「きゃあ!」 鏡を見て、遙から最初に上がったのは悲鳴だった。 「は、恥ずかしいよ、こんなの」 そう言うと遙は左右自分の背中を見回していた。自分の背中に翼が生えているのか確認しているようである。 「それに、む、胸がこんなに……」 『それは、たぶん遙の願望が形になっているんだと思う』 「わ、私、こんな巨乳になりたいなんて思ってないです!」 遙がそう叫んだときに、手に持っていた魔法書がはずみで地面に落ちていた。 「あ……た、孝之くん」 今度は、涙目で俺のほうに視線を向けている。頬が真っ赤に染まっているのでどこかかわいらしい。 「どうした?」 「お願い、地面に落ちた魔法書取って!」 自分でどうして取らないんだろうと思いながら、俺は遙のすぐ側に落ちている魔法書を見つめていた。 「あ、あのね、む、胸が邪魔で真下が見えないから方向感覚が掴めないの! だから、取って!」 頬の赤い彼女を見つめながら、俺は魔法書を拾って、遙に返した。 「ありがとう、孝之くん」 『オホン、いいかな二人とも。ラスボスのいる城の説明をしたいんだが……』 「は、はい、どうぞ」 遙の代わりに俺が答えた。 『森を抜けると、広い大地に出る。そしたら、奥のほうに城が見えるはずだ。あそこにラスボスがいる。そいつを倒せばゲームクリアになる』 遙のお父さんから説明を受けて、俺たちはすぐに森を抜けた。広い大地に出た俺たちは見回すとはるか向こう側に城のようなものが見えていることに気づいた。ただ、この道を歩いていくと何時間かかるのかわからない。 『遙の特殊能力を使えばすぐだよ。羽ばたきというのがあるはずだから、それを使って飛んでいけばいい』 「え?」 遙は驚きながらも自分の背中に生えている翼を見つめた。 「こ、こうかな?」 そう言うと、遙の二対の翼がゆっくりと動き出し、やがて宙にわずかに浮かんだ。 「すごい、飛んでる」 遙は喜んで、高い位置にまで宙に浮かんでいた。 『後はそれで鳴海くんを連れて行けばいい』 「え、で、でも……」 『最初にも言ったとおり、君たちは意識しかこのDWに移動していないから、体重はないはずだ』 「え? そ、そうなの?」 すると遙は、今度は俺のいる地上へと降りてきた。 「行こう、孝之くん」 俺のほうに手を伸ばす天使の遙。その彼女が本当の天使に見えてくる錯覚を感じていた。 俺は遙の手を握り返すと、遙の羽ばたきと一緒に俺もだんだんと宙に浮かんでいた。遙の手に触れている感触や重力のような物も感じないので、本当に快適に空を飛んでいるようだった。 下を見ると、恐怖感が強くなりそうなのでなるべく下を見ないように、遙の手を強く握ってラスボスのいる城を見つめていた。 どれくらい飛んだのだろうか。しばらくすると、ラスボスのいる城へと俺たちは到着した。 城の扉は閉まっていた。 だが、なぜか普通入るはずの門番の姿がない。 俺は、扉の前まで行くと思い切り力を入れて押してみた。でも、あまり力を入れなくても扉は簡単に開いた。 扉を完全に開けて見たものは、俺の身長の何倍もある人型をした生物が一匹。すぐに、これがラスボスだとわかった。 不意をついて、俺はすぐに攻撃を開始した。腰から聖剣を抜き、ラスボスに向かって思い切り突きを入れる。だが、なぜか聖剣はラスボス に突き刺さらなかった。 まるで、幽霊のように聖剣をすり抜けている。 「孝之くん、下がって」 背後からは、天使の遙が魔法書を開いているのが見えた。俺はすぐに横に逃げて、遙に攻撃をしやすい状況を作ることにした。 「ファイヤ!」 強力な炎がラスボスに襲い掛かるが、これもラスボスの体をすり抜けて近くの壁に当たるだけだった。 「ど、どうして攻撃が聞かないの?」 『これは恋人コースだからだよ』 遙のお父さんの声がどこからか聞こえている。 「どういうことなの?」 『恋人コースのラスボスは、どんな物理攻撃や魔法攻撃も効かないようになっている。ラスボスを倒すには、二人の愛の深さが重要になる』 「え?」 もちろん俺も、その意味がよくわからなかった。遙も意味がわからないらしく、俺のほうを静かに見つめている。 『何でもいい。キスをしたり、手を繋いで見たり、膝枕をしたりして、二人のラブラブぶりをラスボスに見せ付けてやればいいんだ。そうすれば、その愛の深さが攻撃となってラスボスにダメージを与えることができる』 「えー!」 俺たちはその攻撃の仕方に驚くしかなかった。二人の愛の攻撃って、遙のお父さんの見ている前でそんなことできるはずが…… 「孝之くん、おまじないをしよう」 「お、おまじない」 突然遙が話しかけてきた。いったい、何をしようというのだろう。 「いいから両手を出して、そうしたら、私が言ったら後に続いて同じことを言ってね」 「う、うん」 俺は訳もわからずに両手を遙の前に差し出した。すると遙は、俺の指に自分の指を絡めてきた。 「じゃあ、行くよ。夜空に星がまたたく限り」 「よ、夜空に星がまたたく限り……」 俺は、遙の考えに従って同じ言葉を繰り返す。 「溶けた心は離れない」 「と、溶けた心は離れない」 「たとえこの手が離れても」 「た、たとえこの手が離れても」 「二人がそれを忘れぬ限り……」 「ふ、二人がそれを忘れぬ限り……」 そう言うと、遙はゆっくりと俺の手から自分の手を離した。 そして、ラスボスから悲鳴があがった。やがて、40というダメージを受けた数字が浮かび上がっていることに気づいた。 「よ、40なの?」 遙はとても残念そうな顔をしていた。まぁ、あれくらいなら40が普通なのだろう。 それじゃ、遙にキスでもしようと思って、動き出そうとしたのだが、俺の体がなぜか動かない。 「は、遙……」 「た、孝之くん、どうしたの?」 『あ、言い忘れていたけど、君たちが愛を見せ付けたら、ラスボスは嫉妬して襲いかかってくるから、くれぐれも気をつけるように。ちなみに、ラスボスの攻撃は体当たりの他に、毒を受けたり体が麻痺したりする変化攻撃とかだ』 「え?」 順番からすると次は俺達の攻撃である。でも、俺は身動きが取れないし、遙しか攻撃できる人はいない。さっきみたいに二人で強力なんてできないし、かなりのピンチである。 遙は最初戸惑っていたが、やがて自分の腕時計のボタンを押して、あるアイテムを取り出していた。それはエリクサーである。それを俺に飲ませて、麻痺を解こうとしているのだろう。 でも、遙は俺のところには来ないで、自分でそれを飲んでいた。そう思っていると、今度はすぐに俺のところにまで走ってきて、自分の唇を重ねた。そして、感覚はないのだが、舌を使って俺の唇をこじ開けているのがわかる。それと同時に俺の体は動くようになっていた。 どうやら、遙は口移しで俺にエリクサーを飲ませていたらしい。 やがて、悲鳴が聞こえてきて870という数字が浮かび上がった。 『は、870だと。遙、鳴海くんに何をしたんだ?』 「ちょっと口移しでアイテムを……」 「く、口移しだと……」 は、遙のお父さん、お、怒っていませんか。言い方にそういうのが混じってるんですけど。 「孝之くん、避けて!」 俺が視線を向けると、目の前に何らかの物体が猛スピードで突っ込んできているのに気づいた。間一髪で俺はそれを避けることに成功した。 壁に激突したのでそれを良く見てみるとラスボスのようである。嫉妬して攻撃してきたわけか。 遙のほうを見るとまた腕時計のボタンを押しているのが見えた。また何かアイテムを取り出そうとしているのだろう。そこから取り出したのはバスケットだった。 でも、俺もアイテムを一通り見ているのだが、そんな物に見覚えがない。 「孝之くん、私がね朝これを持ってきたの覚えてる?」 「う、うん」 もちろん覚えている。 中身は結局教えてもらえなかったというあのバスケットのことだ。 「実はね、恥ずかしくて言えなかったの。初めて作った物だから、何回も失敗しちゃって……だから、うまくできているかどうかわからないんだけど……」 そう言うと遙はバスケットの中身を開いた。 「この装置に入る前に、お父さんにお願いしてこのアイテムも入れてもらおうって思ってね」 中に入っていたのはパイのようだった。 遙はそれを取り出すと、そこに一緒に添えられているナイフで半分に切り始めた。 「孝之くん、あーん」 遙は笑顔で俺に向けてそれを持ってくる。 遙のお父さんも見ている中でそういうことをするのはすごく恥ずかしいのだが、俺は口を大きく開けてみせる。それと同時にその料理が口に入った。 もちろん、実体ではないので味も食感もない。でも、この料理は遙が俺のために一生懸命作った物。それだけで、嬉しいと感じる物がある。 しばらくして、ラスボスの悲鳴が上がった。700という数字が浮かんでいる。 『手料理はポイントが高いな』 まだ怒りが収まっていないのか、少しキツ目に遙のお父さんが答える。 ラスボスを倒してこの世界から抜け出したときが一番怖いと俺は改めて感じていた。 バスケットの中身を見てみると、まだ半分が残っている。 「遙、あーん」 お返しに俺も同じことをやってみた。 でも、遙の様子がおかしい。 何も言わぬままで、表情は頬を赤く染めた状態で、口を大きく開けている。 「がぶぅ〜♡ がぶぅ〜♡ 超がぶぅ〜♡ ミートパイがぶぅ〜♡」 「は、遙?」 まだ食べてもいないのに、遙は意味不明なことを言い始めた。 「私は遙。お父さんの名前は天使のガブリエフ。私はそのがぶぅ〜♡族のガブリエフの娘、がぶぅ〜♡りぃー・エンジェル遙たん」 は、遙が壊れた…… さっきまでは何ともなかったのにいったい何が起こったんだ? 『ふむ、どうやら遙には、混乱の変化攻撃をされたようだな』 そういえば、俺がやっていたRPGでも、同じ呪文がある。相手を混乱させて同士討ちを起こさせたり、意味不明な行動をさせたりする攻撃だ。 治すのにはエリクサーが必要だ。 俺は、ラスボスにダメージを与えるために遙に口移しで飲ませようと思い、腕時計のボタンを押そうとした。 すると、ラスボスの悲鳴が聞こえてきた。そして、3000という数字が浮かび上がっている。 『さ、3000だと!』 遙のお父さんだけでなく、俺も驚いていた。 がぶぅ〜♡と言っただけなのに3000って……恐るべし、遙のがぶぅ♡攻撃。 「悪い子には、このがぶぅ〜♡りぃー・エンジェル遙たんがおしおきしちゃうぞ♡」 遙のほうを向くと、まだ混乱したままの彼女が、魔法書ではなく両手を合わせてラスボスと対峙している。 そして、遙の手の中が輝いていた。 「悪い子はメッ!」 遙がそうかわいらしく言うのと同時に多くの光がラスボスに向かっていることに気づいた。 恐らく遙のもうひとつの特殊能力である光の浄化を使ったのだろう。 そして、ラスボスからは悲鳴が上がり、数字が浮かび上がることなくラスボスは消滅した。 「あれ、ラスボスが消えた」 『むぅ、光の浄化を使ったのか。すまん、鳴海くん。ラスボスは実は幽霊の一種なんだ。ラスボスはさっき遙が攻撃した光の浄化で消滅したらしい』 え? 「ということは、勝ったってことですか?」 『そうなる』 俺はもう一度腕時計を使って、光の浄化の意味を調べてみた。実体のない幽霊とかの実体のないモンスターを消滅させるとある。 だから、それで消滅したのか。でも、それって裏技ではないのだろうか。 でも、遙を守ってやるとは言ったものの結局、彼女がラスボスを倒してしまったのだ。 まぁ、勝ったのだからそんなことはもうどうでもよくなっていた。 「遙、勝ったよ。俺達、ラスボスを倒したんだよ」 俺は喜んで遙のほうを振り向くと、まだ彼女の様子がおかしいままだった。 「マジカル魔法少女がぶぅ〜♡りぃー・エンジェル遙たんに適う相手はこの世にいないはずだ。でも、私にも勝てない相手はいるの。それは、私を恋の病にさせてしまった相手。ハート泥棒の鳴海孝之くん。今すぐ私のキスで孝之くんをタイホします!」 遙はまだ壊れたままだった。 とりあえず、遙を正気に戻すために腕時計のボタンを手早く押して、手元にエリクサーを出現させる。そして、自分の口にエリクサーを含んだ瞬間、遙の唇が合体してきた。 さっきのお返しに、遙の唇をこじ開けて口移しでエリクサーを飲ませる。 「ん……ん!」 キスされていることを知ったのか、すぐに遙は俺から離れた。 「あれ、孝之くん。私、今までどうなったの? ラスボスは?」 どうやら遙は正気に戻ったらしい。 「倒したよ。混乱したままの遙がね」 「そ、そうなの? 私は混乱してたんだ……変なこととか言ってなかった?」 「え? あ、大丈夫だから……」 本当は、かなり恥ずかしいことを言っているのだが、黙っておくことにした。 『恋人コースのクリアおめでとう。城にある奥のドアを抜けると夢から覚めるようになってるから』 遙のお父さんの声を聞いて、俺たちは手を繋いで奥のドアを開けた。 でも、その先は落とし穴になっていて、一歩進んだときに俺たちは地の底へと落とされてしまった。 「モニターお疲れ様、気分はどうかな?」 気がつくと俺は遙のお父さんの研究室にいた。カプセルは開けられ、遙のお父さんが俺を覗き込んでいる。 「は、はい、大丈夫です」 今日は徹夜で寝ていないのに、気分がかなりいい。さっきまで夢の世界にいたせいなのかもしれない。 「孝之くん……」 近くには、遙も目覚めていて、少し頬が赤くなっていることに気づいた。 「二人ともお疲れ様。改善しないといけないデータやバグがいろいろあることがわかったよ。まだまだ改善の余地ありだな」 「で、でも、ラスボスが二人の愛を試すなんて……お父さんが見ていなかったから何とかやれたけど、本当はとても恥ずかしかったんだからね!」 「悪い悪い。この恋人コースは、二人で一つの困難に立ち向かったことで、恋人同士の絆を強め、最後は二人の愛がどれほど深くなったのかを試すためのコースなんだ。でも、光の浄化みたいに二人の愛を試さなくてもラスボスを倒すことができる裏技はあるけどね」 笑いながら、遙のお父さんは答えた。でも、夢の中で遙にいろんなことをしてしまって、起きたときは遙のお父さんに何か言われると思って、かなり緊張していたけど、データが取れたことに満足したのか、そのことについては何も触れたりしなかった。 「興味深いデータが取れたからな、二人には感謝しているよ。またできたらモニターをお願いしたいのだが……」 「は、はい、またやります」 少し緊張して俺は答えた。 遙は、席を移動して近くからバスケットを持ってきている。 俺たちはそこで少々の雑談をした後で、遙のお父さんの研究室を後にした。 時刻は午後二時。 八月六日ということもあって、大学のキャンパスは、少し歩いただけで汗が噴出すほどにかなり暑い。でも、大学内は夏休みなので、学生の出入りはあまりなかった。 「孝之くん、あそこにしよう」 木の木陰ができているベンチを指差して、遙は言った。 手を繋いだ状態で、俺たちはその木陰のベンチに座る。時より風が涼しく吹いてくるので、かなり心地いい。 「孝之くん、これなんだけどね」 遙は少し恥ずかしそうにバスケットの中身を開けた。 そこには、さっき夢の世界で見たパイのようなものがあった。 「さっきも言ったけど、何度も失敗して作ったから自信がないんだけどね、食べてくれるかな? このミートパイ」 「う、うん、喜んで!」 「少し遅い昼食だね。でも、料理はまだ冷めていないから大丈夫だよ」 バスケットの中には、ミートパイの他にお茶の入った水筒やウェットティッシュ、紙皿、ナイフがあった。ちょっとしたハイキング気分のようだ。 そして遙は、さっき夢で見たようにウェットティッシュで拭き取った後、ナイフを取り出してミートパイを半分に切リ始めた。 「はい、どうぞ」 半分になったミートパイを紙皿に乗せて、俺に差し出す遙。 俺は遙からウェットティッシュを受取り、それで手を拭くと、紙皿に乗っているパイを一切れつかんだ。 そして、口の中に入れる。 「うまい!」 バターのいい香りが口の中いっぱいに広がっていて、それでいて、肉の相性とマッチしている。パイの皮もサクサクとしていて、食べやすい。 遙が俺のために愛情を込めて作ったというのがわかる味で、思わず泣けてしまうようなものだった。 「本当! よかった……」 「本当においしいよ。もっと食べてもいい?」 「うん、いいよ。でも、後はね……」 遙は少し恥ずかしそうに俺から視線をそらした。頬が少し赤くなっている。 「わ、私が食べさせてあげるね!」 そして、遙はミートパイを切り出して、紙皿に乗せずに直接手の上に乗せている。 「孝之くん、あーん」 少し恥ずかしい。 でも、ここは夏休み中の大学のキャンパスで人通りはほとんどない場所である。 誰もここに来ないを祈りながら、俺は遙からミートパイを食べさせてもらっていた。 「じゃあさ、お返しに今度は俺が食べさせてあげるよ」 「え?」 ミートパイをちょうど半分まで食べ終えたときに、俺は遙に言ってみた。 「じゃ、じゃあ、お願いね」 少し悩みながらも遙は頬を赤く染めつつ言った。 「じゃあ、遙。あーん」 「あむ」 さっき夢の中みたいに「がぶぅ〜♡」と言ったりはしないものの食べている姿がかわいかった。 「お、おいしい……」 遙は水筒のお茶を入れながら、満足した顔で俺にミートパイを出していた。 「ごちそうさまでした」 「おそまつさまでした」 遙は笑顔でバスケットを閉じていた。 自分が作ったミートパイを残さず全部食べてくれたから、遙も心の底から嬉しいのだろう。 辺りに広がる大学を見て、俺はあることを思いついた。 「遙、また来年もここでミートパイを食べよう。俺と遙が一緒にこの大学に入学してね。この日を忘れないために、今日の八月六日をミートパイ記念日にしよう」 「ミートパイ記念日……」 遙は少し悩んでいたようだが、すぐに笑顔になった。 「うん、来年もこの場所で一緒にミートパイ食べようね」 最初は何気ないことで大学に来たけど、俺たちにとっては、忘れられない一日になった。 遙の笑顔を見ながら、俺は来年も一緒にここでミートパイを食べようと固く心に決めていた。 八月六日はミートパイ記念日。 二人にとって、この日は特別な記念日。 忘れることはできない二人だけの記念日。 ―「壮絶! 二人の愛を試すとき」 終― 人気投票、Web拍手では、一言感想を書くことができます。 |